インクルージョンハラスメントとは?具体例と企業が取るべき対応

はじめに:インクルージョンハラスメントとは

インクルージョンハラスメントとは、職場などで多様な人材の受け入れ・活躍できる職場づくりを進める過程で、個人の尊重を強制しすぎたり、逆に過度な配慮や特定の価値観の押し付けによって相手を心理的に追い詰めたりするハラスメントの一種です。
多様な人材が活躍できる職場づくりを進めるうえで、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)への理解は欠かせません。

一方で、DE&Iを推進する中で、「配慮のつもりの言動が本人にとって不利益になっていないか」「無意識のうちに不適切な対応が生じていないか」といった点が気になっている人事担当者の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、インクルージョンハラスメントの基礎知識や具体例・企業が取るべき対応について解説します。

この記事のまとめ・概要

  • インクルージョンハラスメントとは?
    DE&I(多様性・包摂)を推進する過程で生じるハラスメントの一種です。良かれと思った配慮や特定の価値観を一方的に押し付けることで、結果として本人の尊厳や就業環境、挑戦機会を損なってしまう状態を指します。
  • 職場で起きやすいインクルージョンハラスメントの具体例は?
    露骨な差別発言だけで起こるものではなく、むしろ「配慮」「支援」「尊重」といった前向きな言葉とともに生じやすいものです。「若手だから」「女性だから」と属性だけで役割を固定化するケース、本人の意思を確認しないまま「家庭事情がありそうだから」と一律に重要な案件や出張から外す過剰な配慮などが挙げられます。
  • インクルージョンハラスメントを放置するとどのような組織リスクがある?
    「不満を口にすると配慮を理解していないと思われる」という心理的安全性の大幅な低下を招きます。また、実質的な機会制限による従業員のエンゲージメント低下・離職リスクが高まるほか、現場に「DE&Iは建前だけ」という不信感が広がる原因になります。
  • 企業が取るべき予防策と対応は?
    属性を理由に機会を制限しないことや本人確認を徹底することを「社内ルールとして明文化」し、現場の事例を用いた「管理職研修」で対話の質を高める必要があります。さらに、些細な違和感でも相談できる「窓口の整備」や「定期的な組織サーベイ」での実態把握が有効です。

DE&I推進の落とし穴?インクルージョンハラスメントに注意すべき理由

DE&Iは、多様な人材を集めること自体を目的とするものではなく、それぞれが能力を発揮し、公平に機会を得られる環境を整えることに本質があります。

 

ところが実務の現場では、配慮や尊重を意識した言動が、本人の意思確認を欠いたまま行われることで、かえって挑戦機会や発言機会を狭めてしまうケースがあります。こうした状態は、いわゆる「インクルージョンハラスメント」と呼ばれる問題に該当する可能性があります。

インクルージョンハラスメントとは何か

インクルージョンハラスメントは、法令上の正式名称ではありません。本記事では、「多様性」や「包摂」を意識した言動が、結果として本人の尊厳や就業環境、機会を損なう状態を指す実務上の整理概念として解説します。

 

インクルージョンハラスメントについて考えるうえで問題となるのは、発言や判断の意図ではなく、その結果です。本人のためを思った対応であっても、意思確認を行わずに役割や機会を変更すれば、不利益につながる可能性があります。配慮の名目で選択肢を狭めることは、本来の包摂とはいえません。

 

既存のハラスメント防止の考え方においても、職場での言動によって就業環境が害されることは、重要な問題として扱われます。インクルージョンハラスメントという言葉自体は公的に定義されたものではありませんが、職場環境や機会の公平性を損なう言動として、企業が注意すべきテーマだといえます。

※参考:厚生労働省「職場におけるハラスメント関係指針」

DEIハラスメント・多様性ハラスメントとの関係

「DEIハラスメント」「多様性ハラスメント」といった表現も見られますが、いずれも法令上の正式名称ではなく、実務上の整理概念にとどまります。名称の違いよりも重要なのは、多様性推進の場面で、属性に基づく決めつけや、本人不在の判断が行われていないかを確認することです。

※DEI…ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン

 

用語 実務上の位置づけ 特徴・留意点
インクルージョンハラスメント 従業員に多様性の受容や特定の価値観を過度に強制する言動を指す概念 善意や配慮でも、本人不在なら不利益になりうる
DEIハラスメント DEI施策に関連して生じる不適切な言動を広く指す表現 概念が広く、企業ごとに解釈が分かれやすい
多様性ハラスメント 多様性を巡る言動による萎縮や不利益を表す呼称 職場環境への影響の把握が重要

 

このように整理すると、本質は「新しいハラスメントが増えた」という話ではありません。既存のハラスメント防止の枠組みを踏まえつつ、多様性推進の文脈で生じやすい“善意の逆効果”をどう防ぐかという問題として捉えると、理解しやすくなります。

なぜ今、経営層が理解すべきテーマなのか

DE&Iは、福利厚生の話ではなく、人材活用や組織力に直結するテーマです。経営層や管理職の発言は、現場では方針として受け取られます。理解が曖昧なまま発信されると、現場で自己流の運用が広がり、結果として機会の制限や発言の萎縮を招くおそれがあります。

 

そのため経営層には、理念を示すだけでなく、現場でどのような対応が適切かまで踏まえた関わり方が求められます。

 

※出典:経済産業省「多様な個を活かす経営へ ~ダイバーシティ経営への第一歩~」

インクルージョンハラスメントが起きる背景と要因

インクルージョンハラスメントは、個人の受け取り方だけで生じるものではありません。背景には、組織の判断基準の曖昧さや、理念と現場運用のずれがあります。「何が適切な配慮で、何が本人不在の判断なのか」が整理されていない場合、善意のつもりの対応が、結果として機会の制限につながりやすくなります。

配慮と遠慮が混同されやすい組織風土

本来の「配慮」は、相手の事情や希望を確認したうえで、働きやすい条件を整えることを指します。一方、「遠慮」は、摩擦を避けるために必要な対話まで避けてしまう状態です。

 

この二つが混同されると、「無理をさせないため」「気を遣わせないため」という理由で、本人に確認しないまま仕事や発言の機会を減らしてしまうことがあります。支援の意図であっても、本人の意思が反映されていなければ、それは適切な配慮とはいえません。

善意の言動が圧力に変わる構造

DE&Iの文脈では、人事部門や管理職、周囲の社員が「相手に配慮している」「正しい対応をしている」と認識しやすくなります。そのため、受け手が違和感を覚えても、「異論を出しにくい」「ここで何か言うと、配慮を理解していないと思われるのではないか」と感じ、声を上げにくくなることがあります。

とくに問題が顕在化しにくいのは、次のような条件が重なる場合です。

  • 配慮する側に悪意がない
  • 受け手が異論を出しにくい
  • 周囲も問題として扱いにくい

このような状態では、本人の意思を確認しないまま、一方的な配慮や価値観が職場に定着しやすくなります。

ダイバーシティ推進方針と現場運用のずれ

理念として「多様な人材の活躍」を掲げても、評価や配置、会議運営などの実務に落とし込まれていなければ、現場の判断はばらつきます。部署や管理職によって対応が異なれば、同じ組織の中でも納得感に差が生まれます。

 

運用基準が不明確なままでは、現場は「過剰な配慮」か「放置」のいずれかに傾きやすくなり、インクルージョンハラスメントが起きる土台になりかねません。

職場で起こりやすいインクルージョンハラスメントの具体例

インクルージョンハラスメントに該当しうる問題は、露骨な差別発言だけで起こるものではありません。むしろ、「配慮」「支援」「尊重」といった前向きな言葉とともに生じるため、周囲も本人も問題として扱いにくい傾向があります。

属性を過度に意識した発言や役割の押し付け

「女性だからこの案件が向いている」「若手だからZ世代の代表として話してほしい」「外国籍だから海外案件を担当してほしい」といった発言は、一見すると期待や配慮のように見える場合があります。

 

しかし、本人の経験や専門性、希望よりも属性を優先して役割を決めてしまうと、「個人として見られていない」という受け止めにつながりかねません。

属性をきっかけに意見を求めること自体が、直ちに問題となるわけではありません。問題となるのは、本人の意思や適性を確認しないまま、属性だけで役割を固定してしまうことです。

配慮のつもりで機会を奪ってしまうケース

「負担になるといけないから、任せるべきでない」「家庭事情がありそうなので出張から外す」「周囲が気を遣うといけないので、候補から外す」といった判断は、一見すると穏当な対応に見えることがあります。しかし、本人の意思を確認しないまま行えば、成長機会や評価機会を制限する結果になりかねません。

注意したいのは、次のような場面です。

  • 本人の希望を聞かずに案件から外す
  • 昇進や登用の候補から外す
  • 周囲の想像で負担の大きさを決める

こうした対応は、配慮ではなく、本人の選択権を奪う判断になりやすいものです。必要なのは、機会を先回りして取り除くことではなく、本人の意思を確認したうえで、必要な支援や調整を検討することです。

多様性を掲げながら異論を封じるケース

制度や研修への疑問に対して、「それは多様性に反する」「今はそういう意見を出す場面ではない」といった言葉で議論を止めてしまうケースもあります。しかし、多様性は、異なる意見を排除するためのものではありません。むしろ、違いを前提に対話し、よりよい運用につなげるための視点です。

 

異論そのものを封じてしまうと、包摂ではなく同調圧力に近づきます。意見の違いを扱えない職場では、制度や施策の改善も進みにくくなります。

管理職・経営層の発言が問題化しやすい場面

管理職や経営層の発言は、個人の感想ではなく、組織としての判断や方針として受け取られやすいものです。上司が「本人のためを思って外した」と説明すれば、現場では人事上の判断として伝わる可能性があります。

 

立場が上であるほど、その言葉は本人にとって断りにくい圧力になります。発言内容だけでなく、誰が、どの立場で言ったかによって影響が大きく変わることを、管理職層は理解しておく必要があります。

インクルージョンハラスメントを放置する組織リスク

インクルージョンハラスメントに該当しうる問題を放置すると、個別の行き違いでは済まなくなる場合があります。問題は、DE&I施策そのものへの信頼を損ない、組織全体の対話や人材活用の質まで下げてしまうことにあります。

心理的安全性の低下と対話不足

当事者も周囲も、「何か言うと面倒なことになるのではないか」「反対しているように見られそうだ」と感じると、違和感を表に出しにくくなります。その結果、会議や1on1でも本音が出にくくなり、問題が認識されないまま残ります。

 

また、心理的安全性が下がると、ハラスメントに関する相談だけでなく、業務上の改善提案や率直な意見交換も弱くなります。小さな違和感が共有されないまま放置されることで、組織の意思決定にも影響が及ぶ可能性があります。

エンゲージメント低下と離職リスク

本人の意思よりも周囲の判断が優先される状態では、社員は「尊重されている」のではなく、「管理されている」と感じやすくなります。挑戦機会や評価機会が見えない形で減ると、納得感が損なわれ、意欲低下や離職につながるおそれがあります。

 

表面上は大きな対立がなくても、本人の中に不満が蓄積し続けることがあります。問題が表面化した時点では、すでに信頼関係の回復が難しくなっているケースも考えられます。

DE&I施策そのものへの不信感の拡大

問題が続くと、「DE&Iは本音を言えなくするだけ」「結局は属性で人を見ているだけだ」という受け止めが広がることがあります。こうなると、制度や研修を増やしても、現場では建前の施策として見られやすくなります。

 

施策への不信は、理念そのものではなく、運用への不信から生まれます。ここを見誤ると、対策を重ねても現場の納得は得られません。

 

放置した場合のリスク 組織内で起きやすい変化 経営上の影響
心理的安全性の低下 発言の萎縮、本音の減少 問題の潜在化、意思決定の質の低下
機会配分のゆがみ 挑戦機会や評価機会の偏り 人材活用の非効率化、納得感の低下
DE&I施策への不信 施策が押し付けと受け止められる 定着・採用への悪影響

企業はどう対応すべき?インクルージョンハラスメントの予防と対策

対応の中心は、善意に頼ることではなく、判断基準と運用ルールを整えることです。適切な配慮と不適切な決めつけの違いを、組織内で共有できる状態をつくる必要があります。

定義と禁止行為を明文化して周知する

「多様性を尊重しましょう」という呼びかけだけでは、現場は判断できません。属性のみを理由に機会や役割を決めないこと、配慮は本人確認を前提とすること、異論の表明を不利益に結び付けないことなどを、社内ルールとして明文化し、周知することが必要です。

管理職教育で判断と対話の質を高める

管理職には、一般論としてのDE&I知識だけでなく、実務での確認のしかたや言葉の選び方が求められます。現場で起きやすい事例を使い、どこに問題があるのか、どのように本人の意思を確認すべきか、どのように合意形成するかまで学べる内容にすることが重要です。

 

知識だけでは、現場の判断は変わりません。実際の配置、評価、育成、会議運営などの場面に即して、管理職が判断に迷いやすいポイントを具体的に扱う必要があります。

相談窓口と初動対応フローを整備する

この問題は、明確な暴言や不利益処分とは異なり、配慮や善意との境界が見えにくいため、本人も「相談してよいことなのか」と迷いやすいテーマです。そのため、明確な違法行為だけでなく、違和感の段階から相談できる窓口を整えておくことが必要です。

整備しておきたい要素は、次の通りです。

  • 相談対象を狭くしすぎない
  • 相談後の流れを明確にする
  • 相談を理由に不利益な扱いを受けないことを周知する

相談できるだけでなく、相談した後にどのように扱われるのかが見えることが、利用しやすさにつながります。

現場での運用状況を定期的に確認する

ルールや研修、相談窓口は、整備しただけでは十分に機能しません。相談件数だけでなく、特定の層に機会が偏っていないか、発言しにくい人が固定化していないか、部署ごとに運用差が出ていないかなど、実態を継続的に確認する必要があります。

 

整備したルールや研修が現場で機能しているかを確認し続けることが、再発防止につながります。定期的なサーベイや面談、相談内容の傾向分析などを通じて、見えにくい問題を把握し、運用を見直していくことが重要です。

DE&Iを後退させないために|経営層に求められる対応

経営層に求められるのは、理念を語ることだけではありません。その理念が現場で萎縮や同調圧力にならないよう、判断基準と対話の土台を整えることが必要です。

「適切に対話できる」状態を目指す

目指すべきなのは、違いに触れない職場ではなく、必要な場面で相手の意思を尊重しながら対話できる職場です。話題を避けることではなく、決めつけずに確認することが重要です。

 

「言わないこと」を安全策にすると、問題は見えないまま残ります。必要なのは、話題の回避ではなく、対話の質を上げることです。

理念先行ではなく、現場の納得感を重視

現場が「何をどう変えるべきか」を理解できなければ、理念は運用に結びつきません。経営層は、抽象論だけでなく、具体的な判断の観点まで示す必要があります。

 

現場の納得がなければ、制度は形だけのものになりやすく、かえって不信を招きます。理念を浸透させるには、現場で起きている迷いや違和感を把握し、運用に反映する姿勢が欠かせません。

多様性の尊重と組織成果を両立させる

多様性の尊重は、成果と対立するものではありません。一人ひとりが、属性ではなく能力や意思に基づいて機会を得られる状態をつくることが、組織の力を高めます。

 

人材を属性で見るのではなく、個人として扱うことが、結果として組織成果の向上にもつながります。DE&Iを単なる理念にとどめず、日々の判断や対話に落とし込むことが重要です。

インクルージョンハラスメントの実態把握と改善のための取り組み

インクルージョンハラスメントは表面化しにくく、「配慮だったのではないか」と曖昧に処理されやすいテーマです。だからこそ、制度や研修の有無だけでなく、現場でどのような違和感や萎縮が起きているかを把握することが欠かせません。

 

アスマークの「CHeck」は、コンプライアンスやハラスメントに関する調査を通じて、組織内のリスクや課題を可視化するサービスです。見えにくい違和感や言いにくさを把握し、改善につなげたい企業にとって、実態把握の一つの手段になります。

 

制度を整えるだけで終わらせず、現場で何が起きているかを確認しながら見直していくことが重要です。

 

インクルージョンハラスメントは法令上の正式名称ではありませんが、多様性の尊重を意図した言動が、結果として本人の尊厳や機会、対話環境を損なうという点で注意したいテーマです。

 

企業に求められるのは、配慮の有無だけを見ることではありません。本人の意思確認があるか、公平な機会が確保されているか、違和感を表明できる環境があるかという観点から、日々の運用を見直すことが重要です。定義の明確化、管理職教育、相談体制、実態把握を通じて、現場で機能する仕組みづくりに取り組むことが求められます。

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